白血病

第1章:白血病の歴史

1-1:悪性腫瘍の歴史

【注意】当記事は何らかの診断、治療法を推奨するものではございません。

生徒「先生!テレビで白血病を克服した人のドキュメント番組を見て思ったんですけど、そもそも白血病って治る病気なんですか?」

先生「まだ全員がうまくいくわけではないけど、現在では適切な治療で治る人が増えてきているのは事実だよ」

ここは、とある研究施設の一室、インターンでこの施設にやってきた医学生の生徒さんの元気な声が今日も鳴り響いております。先生はというと研究が忙しいのか、いつも目はすわっているものの、元気な生徒さんのキラキラした目がまぶしく、いろいろと聞かれたことに答えてあげているのでした。

先生「ていうか、君はそもそも白血病という病気がどういう病気か知っているのかい?」

生徒「知りません」

先生「即答かよ…」

生徒「あ、でも、興味はあるんです!私小学生の時に、千羽鶴の話を習ったんですけど、確かあの子は白血病で亡くなっていたと思うんですよね、他にも小説やドラマでも白血病にかかって、っていう話がよくあるじゃないですか」

先生「広島に落とされた原爆で被爆した少女の話だね」

生徒「その話です!そもそもなんで原爆が原因で白血病になるんですか?ていうか白血病って何なんですか?」

先生「ん~、そうだな、じゃあ今日はいつもみたいに研究を手伝ってもらうのはやめて、白血病の話をしようか」

生徒「よろしくおねがいします!」

白血病とは血液の悪性腫瘍(がん)の一種で、体中をめぐる血液に含まれる、白血球、赤血球、血小板、そのような血球達を作り出している「造血幹細胞」の遺伝子に異常が生じることで、制御不能な「未熟な」細胞がクローン性に増えることにより、正常な体の機能を阻害し、体を蝕む病気です。

と、医学的に簡単に説明してみましたが、まったく簡単になりませんね。

今日はそんな白血病が一体どういう病気なのか、白血病はどうやって発見されたのか、その歴史についてまとめてみました。

白血病は悪性腫瘍の一種であると言いました。そもそも悪性腫瘍とは何でしょうか。

腫瘍が最初に認識されたのは紀元前までさかのぼります。

白血病という名前は文字通り、白い血液の病気を意味します。Leukos(白血球)+ haima(血)で白血病と名前が付けられたのは19世紀中頃でした。

それより前には白血病は存在しなかったのでしょうか。また、白血病が胃がんや肺がん等と同じ悪性腫瘍の一種だと知っている人は実はそんなに多くないのではないかと思います。

生徒「え!白血病って癌だったんですか!?」

先生「まあ知らない人の方が多いと思うけどね、あと癌っていうと厳密には上皮性の悪性腫瘍っていう意味合いにもなるから、悪性腫瘍って言おうね」

生徒「上皮性???」

先生「あ、うん、それはいいや、次に行こう(笑)」

白血病の症状

そもそも白血病の症状とはどういったものがあるのでしょうか。

まず、白血病と一口に言っても種類があります。病気の経過として急性の経過で生じ、致命的となる急性白血病と慢性の経過で生じ、長い時間をかけて命を蝕む慢性白血病に分類されます。また、その分化段階において、好中球、血小板、赤血球などを産生する系統である骨髄球系に生じる白血病を骨髄性白血病、ウイルスや悪性腫瘍などと戦うリンパ球(B細胞やT細胞)を産生する系統であるリンパ球系に生じる白血病をリンパ性(リンパ芽球性)白血病と呼びます。

慢性白血病の特徴としては血液細胞の増加が生じ、巨大脾腫、血球増多により血液の粘調度が増し、原因不明の頭痛を生じることがあります。

急性白血病では急激な未熟芽球細胞の増加に伴い、著しい正常血球の減少が生じ、貧血、出血、感染症などを引き起こし、腫瘍細胞の増加に伴い生じる全身炎症による発熱、倦怠感、臓器障害、臓器浸潤や皮膚浸潤に伴う臓器障害、皮膚病変を生じ、正常な体の機能が保てなくなることにより、死に至る病です。

現代では白血病に対する様々な治療方法が開発されており、白血病の治療成績は徐々に改善してきております。そんな白血病ですが、人類史においてどのように発見され、治療開発が進められてきたのでしょうか。

生徒「白血病っていつからあるんですか?」

先生「白血病はおそらく血液が通う生命体の歴史と同じくらい古くからあるだろうね」

生徒「え、それってどれくらい前ですか?」

先生「具体的な年代は特定できないけど、多細胞生物が誕生して、細胞外液による酸素の輸送が行われるようになった頃からかな。とはいえ、白血病という病気が明確に認識されたのは19世紀だったんだ」

生徒「思ったより最近ですね」

先生「そうだね、悪性腫瘍が最初に認識されたのが紀元前であったことを考えると、結構最近だね、どうしてだと思う?」

生徒「そうですね、、、あ、そうだ、白血病って形がないですよね、だから昔の人はわからなかったんでしょうか」

先生「私もおそらくそうだと思うよ、鋭いね。不均一な疾患だから一概には言えないけど、急性白血病は発症から進行までが早くて、病気に気づく前に亡くなってしまう人もいただろうし、なにより白血病細胞は顕微鏡で見ないとわからないからね、少なくとも顕微鏡がない時代にはその存在を認知することはできなかっただろう。今回は悪性腫瘍が発見された歴史の中で、白血病がどのように見つかったを話そうと思う。」

まず人類最古のがんの記録は古代エジプトまでさかのぼります。

紀元前1600年ごろに書かれたとされるEdwin Smith Papyrusという最古の医学文献に女性の乳房に生じる原因不明の腫瘤性病変で、硬くて冷たく、治癒不能という記述があります。

なんとなく分かると思いますが、これが現在でいう乳がんであったと言われております。これが記録に残っている最古のがんの記録です。

また、それよりも前の時代の古代人のミイラや人骨から、多発骨病変や骨破壊が認められており、やはり、がんは人類の歴史と同じくらい古くから存在すると考えられるでしょう。

続いて人類史における特記すべき記録として紀元前5年ころ、医学の祖ヒポクラテスが記録を残しています。

ヒポクラテスは人体にできる謎のできものを医学的に認識、記述しました。そのできものから血管が無数に伸びている様子から「蟹」を連想し、この病気をKarkinosと名付けました。これが現在のがんを意味する英単語:Cancerの語源となるわけです。

ただこの時はどうしてがんが生じるかということは当然ですがわかっておりませんでした。

上記のがんの命名以降、人類とがんとの闘いは長期戦へと突入しますが、中でも大きなパラダイムシフトが生じたのは近代19世紀です。細胞病理学の祖として知られるRudolf Virchowは、1850年代に「全ての細胞は細胞から生じる」「すべての病気の原因は臓器の異常ではなく、細胞の異常である」という説を発表しました。これは「細胞病理説」と言われ、2000年以上主流であった体液病理説に代わり、広く浸透していきました。

この際に、「癌細胞は異常に増殖する細胞集団で、正常組織と連続性を持つが、形態的に異常な細胞」としております。

この発表により、癌は「癌細胞」から生じるという説が一般的になりました。

そして白血病:Leukemiaという病気が医学的に、感染症などとは異なる細胞の異常によって生じる病気であると最初に認識したのも、ほかならぬVirchowでした。

顕微鏡によって、ロバートフックが17世紀にコルクを観察し、網目状構造を形成する部屋を見つけ、それらに「cell」という名前を付けたものの、cellは組織の一部であり、基本単位であるとは考えられませんでした。また、血液は固定による顕微鏡での観察が難しく、赤血球、白血球、血小板といった複数種類の血液細胞によって構成されるものであるとは認識されておらず、体液の一種と考えられていたようです。

19世紀になって、カバーガラス作成、染色法、顕微鏡の技術が著しく発展した結果、人類は血液が複数の血液細胞から構成されていることに気づきました。

そして、19世紀初頭、同時期に最初の白血病患者の症例が報告されました。

John Hughes Bennettはスコットランドにて1845年に腹部膨満、頭痛、嘔吐、黄疸、貧血症状を呈し、急速に衰弱した若年男性の症例を報告しました。原因がわからないまま、入院中に突然死した彼の病理解剖が行われたところ、肝臓と脾臓が異常に腫大していたものの、その他の臓器に大きな異常は認めませんでした。

そして、最も重要なのは彼の血液は通常の血液の色より「灰色」「どろどろ」であったことです。

その血液を顕微鏡で観察したところ、通常は赤血球が多く観察されるはずが、透明な大型の顆粒を持つ細胞、つまり白血球が異常に多かったのです。この時はまだ白血球の種類を分類する技術はなかったこともあり、どのような白血球が増えているかはわかりませんでしたが、この病態は慢性白血病であったのではないかと言われています。

Bennettはこの病態について、血液の化膿と報告しており、まだこの病気が腫瘍性疾患であることは知られていませんでした。

【文献】Bennett JH.
Case of hypertrophy of the spleen and liver in which death took place from suppuration of the blood. Edinburgh Medical and Surgical Journal, 1845

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続いて、Virchowも同時期にドイツで白血病と考えられる疾患を書き残しています。

上記の症例と同様に、異常な脾腫と急速な衰弱をきたし、死に至った症例で、血液中の白血球が異常に増加していたと記しております。

Bennettとの違いは、Virchowはこれを感染症とは考えなかったことでした。

血液中の白血球増加は持続しており、解剖においても明らかな感染巣が認められなかったことから、感染症ではない、白血球が異常に増える病気、Leukämieと名付けました。

実のところ、この段階でも、白血病が腫瘍性疾患であることはわかっておりませんでした。

【文献】Virchow R.
Weisses Blut.
Archiv für pathologische Anatomie und Physiologie, 1847

19世紀後半に組織の染色法というものが確立されました。その結果、いままで透明で不明瞭な細胞であった白血球の核などの内部構造を判別できるようになりました。

この観察方法の変化によって、ついに白血病が腫瘍性疾患であることが分かりました。Paul Ehrlichは白血病の患者の血液とそれを作り出している骨髄組織において、核の肥大した、大きな、均一な細胞が大量に増殖していることを突き止めました。

病気の主座は末梢血ではなく、造血組織である骨髄だったのです。

そして、均一な細胞が増殖していることを発見したEhrlichはこの病気が腫瘍ではないかと気づきます。

「白血病は腫瘍である」という事実はEhrlichだけではなく、この時代の医学者たちによって徐々に認識され始めました。

生徒「白血病って認知されるまで結構長い年月がかかったんですね」

先生「そうだね、もしかしたらそれより前にも亡くなった人の体から白い血が流れてきたのを見た人はいたかもしれないし、記録が残っている病気の中でも実は白血病だったものはあるかもしれないけど、肉眼では見えない病気だからこそ、だれも気付かなかったんだろうね」

生徒「なんか怖い病気ですね」

先生「そうだね、そして20世紀になって、腫瘍性疾患が遺伝子の異常によって生じるということが分かってくるんだ。その話はまた明日にしようかな」

生徒「確かに、ちょっと情報量が多くてへとへとです~」

続く


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