【概要】
長年の時を経てついに発見された不可視の病、白血病、発見されたものの、長い間治療法がなかったけど、人類はついに悪性腫瘍をやっつける剣を手に入れた。抗癌剤、今ではがん治療で広く使われているものは、もともと戦争という負の歴史の中で使われた「毒ガス」だった。人類はどうやって「毒ガス」を「抗癌剤」にしたのか、一緒に見ていきましょうか。
【目次】
- Coffee break
- 第一次世界大戦と毒ガスの歴史
- 毒ガスが血球を減少させる?
- 人類最古の抗癌剤の誕生
- Epilogue
【Coffee Break】
生徒「昨日の話で19世紀に白血病がようやく見つかって、しかも悪性腫瘍であることが大体わかったというところまでは理解しましたが、それからすぐ白血病の薬が開発されて白血病は治る病気になったんですか?」
先生「いい質問だね、実際は白血病が発見されて、初めて医療で治癒したという報告がされるまでは100年以上かかることになったんだ。」
生徒「100年てまた結構長いですね」
先生「そもそも19世紀には抗癌剤すらまだなかったからね、しかも他の固形癌、乳がんのような癌は初期は極端な話取ってしまえば完治もありえたわけだけど、白血病は白血病細胞を全部取ることはできないじゃん」
生徒「そうですね、血液全部入れ替えないといけないですね」
先生「(笑)それだけじゃないよ、血球はどこで作ってて、白血病の病気が起きているのは実際にどこだっけ?」
生徒「え、、、あ、骨髄ですね、てことは」
先生「そうだね、もし仮に全身の白血病細胞を全て身体から取り除こうとしたら、少なくとも血液と骨髄、つまり骨を全て取り除かなければならない」
生徒「軟体動物になりますね」
先生「ただ白血病は体のいたるところの組織に侵入したり、場合によっては中枢神経、脳にまで到達せいているから、仮に血液と骨髄を数べ手取り除いても治る可能性は限りなく低いだろうね」
生徒「てことは、もし他の固形癌みたいに手術で全て取り除くことを考えると」
先生「そもそも体が消えるね」
生徒「一周回って何も解決していないですね」
先生「そんなわけで白血病の治療は抗癌剤による全身治療に頼るしかなかったんだが、そもそも19世紀には抗癌剤なんてなかった。今日は人類初の抗癌剤が発見され、それが血液悪性腫瘍患者に投与されるまでの経緯を振り返ってみよう」
生徒「宜しくお願いします!」
【第一次世界大戦と毒ガスの歴史】
先生「君は第一次世界大戦がどういうものか知ってるかい?」
生徒「一次の方ですか、第二次世界大戦のことはある程度は知っていますが、一次はよく知らないですね」
先生「確かに日本人にとっては第二次世界大戦と比べると、第一次世界大戦の印象はかなり薄いよね。」
生徒「学校でもそこまで詳しく勉強しなかったです」
先生「そうだね、のちに抗癌剤の元となる薬剤が開発されたのは実は第一次世界大戦中だったんだ、しかも皮肉にも、それは何十万人もの命を奪った毒ガスだった。」
生徒「あ、なんか大学の授業でも聞いた気がするかも。」
先生「教養がてら第一次世界大戦について簡単に説明するね」
第一世界大戦は簡単に説明すると、1914年7月28日~1918年11月11日までの間に起きたドイツ・オーストリアを中心とした同盟国とイギリス・フランス・ロシアを中心とした協商国の世界規模の戦争のことです。19世紀後半頃より上記のような欧州列強はアフリカ、アジア諸国などを植民地化し、世界に覇権を広げていく中で、各国の対立が深まっていました。そんな中、1914年7月28日にオーストリア・ハンガリー帝国の皇位継承者であった大公夫妻が、ボスニア・ヘルツェゴビナの首都サラエボを訪問中に、ボスニア系セルビア人の青年によって暗殺されたことで(サラエボ事件)オーストリアがセルビアに宣戦布告したことにより世界大戦の勃発へとつながりました。
この戦争は1917年にアメリカが協商国側に加わったことで、終結へとつながっていきましたが、この時のわだかまりは解消されることなく残り続け、第二次世界大戦へとつながっていったとされます。
そんな第一次世界大戦では戦争の概念を大きく覆すことが多々起こりました。例えば皆さんが学校で習った日中戦争や日露戦争では、まだ戦争の手段として主に戦艦による海戦が主流であったと思いますが、この大戦より飛行機が主流となってきます。
また、戦争において毒ガスが初めて用いられたのもこの第一次世界大戦中でした。中でも、この大戦では「マスタードガス」と呼ばれる毒ガスがドイツ群によって使用され、大戦中、毒ガス史上最大の死者数を出したとされています。この「マスタードガス」がのちに人類初の抗癌剤の元となりました。
「マスタードガス」は正式には2,2′-Dichloro Diethyl Sulfideと呼ばれ、毒ガスの中でも「びらん剤」に分類されるものでした。「びらん」の名前の通り、この毒ガスを吸収すると皮膚はびらんを生じ剥がれ落ち、皮膚だけでなく消化管や呼吸器系にも作用し、死に至らしめます。特徴として遅発性という特徴もあり、戦場で使われた場合にはすぐに影響が出ないため、毒ガスが使用されていることが認識されにくかったという恐ろしさもあります。薬剤としての性質はアルキル化剤といわれ、蛋白質やDNAと強く反応し、細胞を傷害する特徴があります、また、DNAを傷害することで「発がん性」も持っております。さらに、このガスはゴムにも浸透するため、当時の防御服を超えて多くの犠牲者を出しました。
1915年のイープル戦線にてドイツ軍が初めて使用し、以降大戦中に両陣営で多用された為、大戦中双方に大きな被害が生じたとされます。その被害の大きさを考慮して1925年にジュネーヴ議定書により、国際的に使用が禁止となりました。
【毒ガスが血球を減少させる?】
生徒「そんな恐ろしい兵器、本当に抗がん剤として人間に投与できるんですか…?」
先生「さすがにこれがそのまま使われることはないけど、この第一次世界大戦中の一つの報告によって、のちに抗がん剤としての使用が研究されることになるんだ。」
生徒「へえ~」
先生「無料で閲覧可能な文献の一つを紹介しよう」
文献:The Blood and Bone Marrow in Yelloe Cross Gas (Mustard Gas) Poisoning
この研究論文はマスタードガス(Yelloe Cross Gas)による中毒死症例を対象に、血液及び骨髄の病理学的変化を解析した論文です。
特に興味深いのは、この論文において末梢血の白血球は暴露後に一時的な増加を示した後、急速に減少することが示されています。特に、早急にリンパ球が減少し、次いで好中球が低下するという経過をたどります。抗癌剤にかかわる人たちであれば分かると思いますが、これがリンパ球毒性と骨髄毒性(骨髄抑制)です。剖検では骨髄の高度な低形成を認め、脾臓およびリンパ節はリンパ組織の破壊が顕著で、白赤髄の構造とリンパ節の濾胞構造が消失していました。
これらの所見はマスタードガスが分裂の盛んな造血・リンパ系細胞に主に細胞毒性を示すことを示唆し、当文献においても志望の直接原因は肺炎や敗血症など感染症とされていますが、そのさらに源流の原因として免疫組織の破綻、つまり骨髄やリンパ組織の障害があったとされます。特に、細胞の観察により、この毒ガスが細胞分裂中の細胞を強く傷害することから、この毒ガスが細胞分裂機構に悪影響を与えることが明らかになりました。
【人類最古の抗癌剤の誕生】
生徒「なんか、こういう抗がん剤や現代医学を知っている僕らからすれば、なるほどあの現象か!ってなりますけど、当時の人たちにとってはかなりの衝撃だったんでしょうね」
先生「そうだね、新しい何かに気づいた時の感覚は我々研究者を突き動かす原動力の一つだよ」
生徒「それで、この後すぐ抗癌剤ができるんですか?」
先生「いや、また20年くらいかかるよ」
生徒「ええ」
先生「だって普通、殺人兵器で人を救おうなんて発想にはならないでしょ笑」
生徒「確かにそうですね」
先生「次に、実際に抗がん剤として使われて報告されたのは1946年だった」
文献:Use of Methyl-Bis(Beta-Chloroethyl)amine Hydrochloride and Tris(Beta-Chloroethyl)amine Hydrochloride for Hodgkin’s Disease, Lymphosarcoma, Leukemia and Certain Allied and Miscellaneous Disorders
こちらの文献は有料文献なので内容は割愛しますが、上記の論文にて初めて、ナイトロジェンマスタードが悪性リンパ腫や白血病に一時的に有効であったという報告がなされ、これにより抗癌剤の時代が幕を開けました。
ナイトロジェンマスタードは1930年代にアメリカとドイツで合成に成功したマスタードガスの硫黄原子を窒素原子に変更したもので、マスタードガスの問題点であった高すぎる毒性と硫黄由来の強いにおいなどを改善するために開発されました。
そんなナイトロジェンマスタードはやはり化学兵器として開発されたのですが、先述の血液毒性が注目され、白血病やリンパ腫に対する治療薬として改良されていきました。その集大成として上記の論文が発表される形となりました。
ただ、当時はあくまで一時的な効果に過ぎず、完治という観点では今後様々な薬剤を組み合わせて治療したり、新しい仕組みの薬が開発されたりしながら達成することにはなります。
【Epilogue】
生徒「ついに1946年にしてようやく抗癌剤が使われるようになったんですね、人類の歴史から考えるとすごい最近じゃないですか」
先生「そうだね、ここからいろんな薬が開発されることになる。アルキル化剤と呼ばれる薬剤もので、今も使われているものは最も古いものでシクロフォスファミド」
生徒「うわ、めっちゃ聞いたことあります」
先生「いまだにメジャーな薬剤だから、いろんなところで名前を目にするよね。ほかにもクロラムブシル、メルファランとかがアルキル化剤だ」
生徒「そのあたりは知らないです」
先生「ま、まあ確かに使用頻度は下がるね(笑)」
生徒「シクロフォスファミドはいつくらいにできたんですか?」
先生「1958年に西ドイツのアスタ・ウェルケ社によって開発されたよ、シクロフォスファミドはもともとのマスタードガスやナイトロジェンマスタードと比べて人体の正常細胞への有毒性が少ないんだ」
生徒「へえ…そうなんですね」
先生「実はそれより先に日本の企業もナイトロジェンマスタードの誘導体を薬として発売してたんだ」
生徒「え!それは知らないです」
先生「東京帝国大学医学部薬学科の教授と東北帝国大学部病理学の教授が協力して作った薬でナイトロジェンマスタード N-マスタードという薬が、1951年に吉富製薬という会社から発売されたんだ。ナイトロミンって名前だったよ」
生徒「まさかの日本」
先生「そのあと、シクロフォスファミドの登場で市場を奪われちゃったけどね」
生徒「やっぱドイツすごいっすね」
先生「これからたくさんの化学療法を組み合わせた治療法:多剤併用化学療法が主流の時代が訪れ、白血病は完治し得る時代になっていく」
生徒「わくわく」
先生「でも今日は終わり」
生徒「がーん」
【本当に余談なあとがき】
毒ガスに関して、完全にヨーロッパの話としてお話をしましたが、みなさんは当時の日本がどういう位置づけだったがご存じですか。それをつらつら書くと余談ではなくなってしまいますのでさておき、第二次世界大戦の最中、日本は様々な兵器の開発・生産に力を入れてきました。そんな中、まあやはりですが毒ガスを作っていた歴史があります。でも、第一次世界大戦後の当時は毒ガスの使用は国際法で禁じられていましたから、おおっぴらに作るわけにはいかず、地図からも消えた瀬戸内海の島で作られていました。しかも、マスタードガスも作られていたんですよ、きいざい(黄剤)という名前で。
そんな島は今はウサギ島とも呼ばれ、瀬戸内海に存在し続けています。大久島といって、毒ガス製造の歴史は都市伝説でもなく公に認められており、毒ガス資料館も建てられていますので、皆さんも興味がありましたら行ってみてください。
毒ガス関係は暗く重い話になりますが、ウサギはかわいいですから、かわいいは正義ですから。

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